[以下は、G.
ジェファソン(Gail Jefferson)によって、おもにヨーロッパ語の会話分析のために開発された転写のためのシステムを、日本語の会話分析のために西阪が整理したものです。西阪の著書『相互行為分析という視点』(金子書房)や『心と行為』(岩波書店)に掲載したものに、加筆修正を施しました。もともとは西阪の授業の参加者のために作成されたものですが、広く利用されることを望みます。引用されるときは、必ず出典(URL)を明記してください。できるかぎり合理的で、かつジェファーソンのシステムとの一貫性を維持した形で、今後も磨きをかけられればと思っています。何かご意見・示唆などあれば、西阪(augnish(α)meijigakuin.ac.jp)までお知らせください。]
[このページは,私の授業に参加している学生のために作ったものですが,他の研究者のみなさんの便宜のため公開しているものです.そのため,幾分,不完全なものであるし,何よりも,特定会社の特定製品を前提としたものである点で,きわめて不十分なものです.たとえURLが明記されるにしても,そのつど必要なコンテキスト化を施さないまま,他の媒体へ,部分的であれ,まるごと転載することは,堅くお断りいたします.とくに,営利目的に制作されたものへの転載は,絶対にやめてください.(2008年1月)]
0. 一般的な注
音を聞こえたままに精確に書き取るというのがトランスクリプション(転写)の基本である。そのためには、かな漢字よりもローマ字をもちいることが推奨される。また、「音を精確に」という趣旨からすれば、いわゆる日本式よりもヘボン式が望ましい。母音が省略されて言葉が発せられるときなど、日本式をもちいると混乱を生じることがある(たとえば、「でし-」と途切れた音は、しばしば「desh-」と聞こえるが、日本式だと「des-」になってしまう)。ただし、「ゆう」「そう」などは、ローマ字で表わすと「yuu」「soo」と表記するのが適切であることもある。
だからと言って、たとえば発音記号をもちいればもっと精確になるかと言えば、そういうわけでもない。「聞こえたままに精確に」ということにあくまでも忠実であろうと思う。私たちは、じつは音をばらばらに聞いているわけではない。私たちはあくまでも識別可能な言葉を聞いているのである。だから、この識別可能性を維持したまま「精確に」書き取ることが求められる。発音記号としてばらばらにされた音は、むしろ、私たちが聞いている音ではない。
ローマ字の欠点は、かな漢字に比べて可読性が劣ることだ。見ただけでは、なかなかわかりにくい。その意味では、じつはかな漢字のほうが「精確」かもしれないと思うこともある。しかし、ローマ字でなければ拾えない区別のなかに、相互行為的に重要なものもある。とすれば、ヘボン式ローマ字をもちいるかかな漢字をもちいるかは、微妙な選択の問題だ。以下の記号は、学部学生に使いやすいようにということで、基本的にかな漢字を想定したものである。ローマ字については注釈的に補足を加えた。
また、転写のためのワードプロセッサとしてMSワードの使用を想定している。MSワードを実際に使用するにあたり、いくつかの注を述べておこう。
1. 推奨フォント:
ローマ字の場合は、courierもしくはcourier newの11pt。かな漢字の場合は、MS明朝もしくはMSゴシックの10.5pt。いずれも自動的な間隔調整のないフォントをもちいることが重要。
2. 行番号: 行番号を必ず行ごとに(順番ごとではなく)入れる。ページごとに01行目から始めれば、マニュアルで一つ一つつけても、たいして手間はかからない。1ページ44行に設定し(余白は上30、下25、左右20-24で設定すると見やすい)、実際には36-38行前後で改ページしていくのがよい(あとで修正の可能性があるので)。また、行間があきすぎると「重なり」などが見えにくい。
3. 推奨レイアウト: 行番号を二桁で入れた後(01, 02...)半角スペースを二つ入れ、そのあと発話者名とコロン(:)を入れ、そのあと半角スペースを4もしくは5つ入れて、発話の転写を書き込んでいく。これは、見易さを基準にした一つの目安であるから、こうでなければならないわけでは、もちろんない。ちなみに、ローマ字の場合は、基本的にすべて(文頭も固有名も)小文字をもちいるほうがよい(大文字に別の意味をもたせるため―以下参照)。
4. 各種設定の解除: 以下の設定を解除することを強く勧める。
- オートコレクトの設定解除: [ツール] – [オートコレクトのオプション]を開く。いくつかのタグがあるが、それらを順番に見て、余計な設定はすべて解除する。とくに、ローマ字の場合、勝手に大文字にされたり、勝手に「誤入力」を「修復」されたりしては、せっかくの「厳密な」転写が台無しになる。また、デフォルトでは左右の括弧が自動的に揃えられるよう設定されているので、これも解除する。転写では、様々な括弧を入れ子式にもちいることがあるので、これはきわめて重要である。
- 文書校正の赤線・緑線の解除: 転写は、基本的に、正書法に反した文字列から構成されている。そのとき、いちいち間違いを指摘する下線が出てくるのが煩わしいときは、[ツール] – [オプション] – [スペルチェックと文書校正]の「結果を示す波線を表示しない」のボックス(二つある)をチェックする。
- 間隔調整の解除: デフォルトのままでは、courierをもちいても間隔調整がなされ、発話の「重なり」をうまくレイアウトできない。[ツール] – [オプション] – [互換性]の「オプション」のなかにある「半角文字と全角文字の文字間隔を調整する」のボックスのチェックを外す。
以下、必要最低限の記号をまとめておく。
1. 重なり
[ 複数の参与者の発する音声が重なり始めている時点は、角括弧([ )によって示される。
(1-1)
A: はいはい, [こんばんは
C: [わかりますか::?
[
] 重なりの終わりが示されることもある。
(1-2)
C: あ, あの吉田::と申し [ま す け
ど ::,]
A:
[はい, どうもどうも]
[[ 2人の話し手が同時に発話を開始するとき、それは、とくに二重の角括弧([[ )によって示される。
(1-3) A: あ
そんな昔からあるんだ.
B: → [[ええ:
だから
あの:: 昔:- ]
C: → [[>そう
そう
そう< あの個人経]
営の普通の食堂だったの.
2. 密着
= 2つの発話が途切れなく密着していることは、等号(=)で示される。
(2-1)
A: うん. (.) あれ?=
B: =あれ?
1つの発話において、語と語がが途切れなく密着していることは、その間に等号を挟むことで示される。
(2-2) S: もどった=でも::
さらに、音の重なりを書き取ったがゆえに、1つの発話が、間の1行(もしくは2行以上)により分断されることがある。このとき、この分断された発話が1連なりの発話であることも、分断された両端に等号(=)付すことで示される。
(2-3) C: → その白熱した その[若者の(h)いけ(h)んの] 場だった=
B: [む::::::
む::::: ]
C: → =らしい(よ)
3. 聞き取り困難
( ) 聞き取り不可能な個所は、( ) で示される。空白の大きさは、聞き取り不可能な音声の相対的な長さに対応している。
(3-1) A: 押しても ( ) だから
(言葉) また聞き取りが確定できないときは、当該文字列が
( ) で括られる。
(3-2) A: だって, あそこ, こう (いって, こう- )
4. 沈黙・間合い
(n.m)
音声が途絶えている状態があるときは、その秒数がほぼ0.2秒ごとに
( ) 内に示される。
(4-1)
A: あの ホテルにスケジュール, 貼ってあるでしょ?
→ (1.0)
C: え, (.) どこですか?
(.) 0.2秒以下の短い間合いは、( )内にピリオドを打った記号、つまり (.) という記号によって示される。
(4-2)
C: え, (.) どこですか?
5. 音声の引き延ばし
:: 直前の音が延ばされていることは、コロンで示される。コロンの数は引き延ばしの相対的な長さに対応している。
(5-1)
A: こないだ::::::は, 五時::半ぐらいまででしたね.
とくにローマ字でトランスクリプトを作るとき、コロンはあくまでも「有標化された(marked)」引き延ばしのための記号であることに注意されたい。たとえば、「そう」や「ええ」は、「soo」や「ee」が「普通の」発音を表現しているのだから、「so:」とか「e:」などと表わさない。
6. 言葉の途切れ
言- 言葉が不完全なまま途切れていることは、ハイフンで示される。
(6-1) A: じゃあ いま おお- これってさ::,
7. 呼気音・吸気音・笑い
h 呼気音は、hhで示される。hの数はそれぞれの音の相対的な長さに対応している。
(7-1) S: どれだろう?
hhhh
.h 吸気音は .hhで示される。hの数はそれぞれの音の相対的な長さに対応している。
(7-2) C: .hh 二枚目が重なってて読めないっ::す::
言(h) 呼気音の記号は、笑いを表わすのにももちいられる。とくに笑いながら発話が産出されるとき、そのことは、呼気を伴う音のあとに(h)を挟むことで示される。
(7-3) B: → ほ(h)んで: あれ(h)す(h)かね(h) .h もうちょっと
たってから来てくださいつって
(7-4) B: → ho(h)nde: are(h) 'su(h) ka ne(h) .h moo chotto
tatte kara kite kudasai tsutte
\ \ 発話が笑いながらなされているわけではないけれど、笑い声でなされているということもある。そのときは、当該箇所を\で囲む。
(7-5) B: → .h ↑そうしたら: .h \健康診断んときに:\ も (.)
k-け:-け:-血圧測ったら .h え-ばくんばくん[いっちゃって:
8. 音の強さ・大きさ
下線 音の強さは下線によって示される。
(8-1) C: 三時十五分.
wo:
強勢のおかれた場所は音が高くなりがちである。発話の区切りなどで音が少し高められたあと、すぐにもとの高さに戻るといったことが、しばしば観察される。このような発声は、最後の母音に下線を引き、そのあとに下線のない「引き延ばし」記号(コロン)を付すことで示される。かな漢字のときは、最後の文字に下線を引く。
(8-2) B: kedo- ano booingu
no: .h ano:
jimusho ni:
(8-3) B: あの
ボーイングの:
.h あの: 事務所に:
wo:
強調を伴いながら末尾が少し上がるようなやり方で区切りがつくこともある。これは、「引き延ばし」の部分にのみ下線が引かれることで示される。かな漢字のときは、語尾に、語尾の母音を表わす「あ行」の小文字を補うこともある。
(8-4) B: sugoi mecha kucha omoshiroku
te:
(8-5) B: すごい
めちゃくちゃ
おもしろくて:
(8-6) B: すごい
めちゃくちゃ
おもしろくてぇ
CAP 強勢の置かれた音はしばしば大きくなるが、必ずそうなるとはかぎらない。とくに音が大きいことは、(ローマ字の場合)大文字をもちいることで示される。
(8-7) C: SOODA N:N N son(na =) MEN MASHI- MEN MASHI=
大 かな漢字のときは、斜体により音の大きいことが示される。[未確定]
(8-8) C: そうだ
ん
ん
ん そん(な=) 麺まし- 麺まし=
º º 音が小さいことは、当該箇所が º で囲まれることにより示される。
(8-2) S: ゚う:::ん゚, で,
9. 音調(イントネーション)
.,?¿ 語尾の音が下がって区切りがついたことはピリオド(.)もしくは句点(。)で示される。音が少し下がって弾みがついていることはカンマ(,)もしくは読点(、)で示される。語尾の音が上がっていることは疑問符(?)で示される。語尾の音が一端上がったあとまた下がる(もしくは平坦になる)とき、それは逆疑問符(¿)で示される。
(9-1) A: リリー企画でございま:す.
(9-2) A: はい,
(9-3) A: もしもし:::?
(9-4) C: h-へえ:¿
↓↑ 音調の極端な上がり下がりは、それぞれ上向き矢印(↑)と下向き矢印(↓)で示される。矢印がもちいられるのは、あくまでも「有標化された」、通常ならざるものとして聞ける音の上がり下がりであり、たとえば質問のさいによくある語尾の上がりは、通常の音の上がりであるかぎり、そこに矢印がもちいられることはない。
(9-4) A: ↑う::ん.
(9-5) A: ああ::::↓::::::.
言葉_ 語尾の音調があえて平坦に保たれるとき,それは空白上の下線(_)によって示される.
(9-6) B: ん_
<二泊三日>っていうこと:?
10. スピード
> < 発話のスピードが目立って速くなる部分は、左開きの不等号と右開きの不等号で囲まれる。
(10-1) C: >おぼ(h)えてるっていうか, おぼえてるじゃないよ<, あのね::,
< > 発話のスピードが目立って遅くなる部分は、右開きの不等号と左開きの不等号で囲まれる。
(10-2) B: 誹謗中傷のメールがあまりにも
<多すぎて:>
<言葉 急いで押し出されるように発言が始まるとき,そのことは右開きの不等号(<)がその発言の冒頭に付されることで示される.
(10-3) 04 A: 中目黒:↑ ((歌うように))
05 B: → <で:乗り換えて:
言葉< 急いで慌てて発言が終えられるとき,そのことは右開きの不等号(<)がその発言の末尾に付されることで示される.[未確定]
(10-4) B: .hh てゆうか::<
11. 声の質
# # 声がかすれている部分は、#で囲まれる。
(11-1) O: #ええ:#:::? h
12. 注記
(( )) 発言の要約や、その他の注記は二重括弧で囲まれる。
(11-1) ((5行省略))
(11-2) A: hh
((咳払い))