NHKの社会番組部の葛城豪ディレクターから3月の半ばに,NHKが入手した,オウム真理教団の「内部テープ」の分析を依頼された.とにかく総数700本を越えるという膨大なテープの量だったが,とりあえず,葛城さんと相談していくつか焦点を絞った.それでも,分析を施したのは数時間分だった.同時に,分析チームを編成し,小宮友根,早野薫,黒嶋智美,岩田夏穂という,いつもなにかとお世話になっている面々にメンバーに加わっていただいた.
「会話分析」の手法にのっとり,研究チームでまずは,いつものように詳細なテープ起しの作業から始めた.4月8日付けで,A4版16枚の「暫定報告書」を書き上げるまで,おそらく5〜6回にわたり,それぞれ5〜8時間ほどのデータ・セッションと議論を行なった.暫定報告書を提出したあとも,何回か補足的な会合を持った.私だけで,受けた取材の総時間は確実に15時間を上回る(おそらく20時間近くだと思う).番組で取り上げられたのは,この暫定報告の一部にもとづいている.
そんなわけで,番組のなかでは10分ぐらいの扱いだったと思うが(それでも破格の扱いをいただいたようだ),トランスクリプトの作成,暫定報告の執筆など,会合外の時間を含めると,この取材協力に費やした時間は,私1人だけでも,何十時間にも及ぶ.
オウム真理教団の事件は,いうまでもなく戦後の最重大事件の一つである.私たちにとって解明するべき問題は,なぜ,多くの若者たちが無差別大量殺人にコミットしていったか,という点に尽きる.警察の捜査の遅れもあったかもしれない.麻原彰晃の「教理」は荒唐無稽だったかもしれない.しかし,「地下鉄サリン事件」17年後のいま,問わなければならないことは,そんな荒唐無稽なことを,複数の「知的な」「純真な」若者たちが,なぜ最終的に実行するまでにいたったのか,ということにほかならない.しかも(番組でも別の文脈で少し触れていたように),死刑判決を受けた実行犯の1人は,最初,かなりはっきりと,麻原の「救済の第二の道」という(無差別殺人につながる)考え方に抵抗を示していた.テープの分析は,この問に答える手がかり(たとえ「手がかり」でしかないとしても)を,確かに与えてくれるように思う.
あの教団の活動の「現実の過程」として,どのような相互行為の構造があったのか.テープの分析は,いわば,ブラックボックスのなかを覗き込むようなものであるだろう.
16ページの暫定報告書は,あくまでも「暫定」的なものでしかない.が,そこには,番組で放映されていない内容がいくつか含まれている.放送を目的とした分析結果であるので,現在,この内容を,私たちの判断で自由に公表することはできない.それでも,一部のみではあるが,公表の許可をテープの元の持ち主の方より,いただくことができた.私たちの社会が作り出した,あのおぞましいものの「現実の過程」の分析結果は,私たちが自分たちの社会をよりよいものに作っていくための重要な素材となるはずだ.[2012年6月 西阪 記]