四六版 266ページ 2415 円 (税込) 2010年12月発行 ISBN 978-4-7907-1501-6
サックス,シェグロフ,ジェファンソンによる,会話分析の基本論文である,「順番交替組織」と「修復組織」に関する2つの論文("A simplest systematics for the organization of turn-taking for conversation" および "The preference for self-correction in the organization of repair in conversation")の翻訳です.
とくに「順番交替」論文(本書の第1論文)は,いわゆる「会話分析」の基本文献のなかでも,最も重要な論文である.会話分析が,会話の秩序の解明を,あるいは会話の秩序が産出されるための手続きの解明を目指すものであるならば,順番交替は,会話の最も基本的な秩序に属するからである.別にはっきりとした事前の取り決めなどなくても,みんなが一斉にしゃべりだすということもなければ,誰もしゃべる人がなく,長い沈黙があるということも,あまりない.この「一度に1人ずつ」という秩序は,会話において何がなされるにせよ,会話の基本的な秩序であることは,直感的にわかりやすい.
この論文は,相互行為という視点を,きわめて先鋭的に突きつけてくる.順番の大きさや組み立ては,またどういう順序で順番交替がなされていくかは,話し手(もしくは次の話し手になろうとする者)の一方的な決断によって決まるわけではなく,つねに話し手と聞き手の相互行為の産物であること,このことが,この論文で強調されている.「修復」の秩序も同様である.例えば,修復の「他者開始」は,「他者」の一方的な決断によってもたらされるのではなく,「自己」が修復の開始を行なわないということに,決定的に依存している.会話における様々な現象を,どこまでも相互行為的な現象として見ること,これは,私にとって大きな魅力だった.
この2つの論文への向き合い方の大きな転機は,2001年から2002年にかけてのUCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)での滞在のときにあった.この2論文の著者の1人であるマニー・シェグロフ氏の授業に出て,論文上で定式化されているもろもろのことがらが,具体的な会話データを見るのに,非常に豊かなやり方で使えることがわかり,とても驚いた.9月に授業が始まって3,4週間経ったころ,一片の会話データが指定され,それぞれの「順番構成単位」ごとに,それが,直前の順番の話し手に選ばれたものであるか,自己選択によるものであるか,あるいは同じ話し手の継続であるか,さらに,それが次の話し手を選んでいるか,あるいは選んでいないか,を特定せよ,という宿題が出た.いかにもつまらなそうな宿題だ.が,大学院生の集まりで,マニー・シェグロフが1つひとつ丁寧に解説していくと,魔法にでもかけらたかのように,個々の発言がこの上なく秩序だったものとして見えてくる.「現在の話し手が次の話し手を選ぶこと」は,「隣接ペア」の第1ペア成分を特定の聞き手に宛てることにより成し遂げられる.しかし,その発言はそもそもどのような行為を構成しているのか,特定の聞き手にそれが宛てられているとしたら,それはどのようなやり方でなのか,といったことは,訓練された目に初めて見えてくる.そして,まさに,このように問うてみることが,その発言に構造を与えていく.ああ,そういうことなんだと思った.
自分も日本に帰ったら,こんなふうに授業をやりたいと思った.そして,そのために,マニー・シェグロフが授業で使っている主要な論文のいくつかを,学生(とくに学部の学生)に接近可能な形にしたいと,思うようになった.2002年の春,マニー・シェグロフと,翻訳出版のアイデアについて少し話したのが,本書の出発点になっている.
さて,そういうわけで,本書は,会話分析を学ぶ大学生に読んでもらうことを,第1の目的としている.この目的のために,すべて最初から訳しなおした.そのさい,この2つの論文が,実際にデータを分析するにあたって使えるものとなるよう,できるだけ多くの解説を,訳注として補った.とくに,この2つの論文では,データがいくらか引用されっぱなしになっているので,データの引用のあと,私の責任で,分析的な解説を補った.
「訳者あとがき」にも書いたように,この翻訳は,会話分析の教育現場で活用されることを想定しています.また,会話分析に関心のある学生どうしの研究会・読書会などで,活用いただけたらとも,思っております.私自身は,この本が出版される以前より,授業で,学生たちに事前に「ディスカッション用質問リスト」を週ごとに配布し,翌週までにそのリストを手がかりに自習してきてもらっています.10数名の授業の場合も,50名ほどの授業の場合も,週ごとに,受講生たちに自分の「答え」を述べてもらい,ディスカッションをしています.この質問リストは,毎年少しずつ変えていますが,2011年の春学期に用いたものを,論文ごとに合体してまとめました.下に,リンクしましたので,授業や読書会において役立てていただければと思っています.なお,この質問リストを営利目的の媒体に再現することは,固くお断りいたします.[西阪仰記]